情報教養研究会 特別連載

国際協力・交流と私(7回シリーズ)

(No.4)タイでのワークショップ参加・発表を通して

三田学園 谷口由美子

 

<最終更新日 1999/6/21>


 1998年8月4日,湿気と独特の香りを含む空気に包まれ,バンコクに降立った。
 前日の午前中,東京にて日本教育情報学会で発表し,駆け足で東京から関空へ,関空からバンコクへの渡鳥。私は昨年,林研究室のスタッフの一員として初めて国際学会に参加した。林先生が発表の際に使用されるOHPシートのイラストを担当したのだが,発表前夜に現地で描いたものもあった。いずれも,林先生のラフ・イメージから発想して作画した。
 自分の描いたイラストがスクリーンに映し出される,果たして…。
 林先生のプレゼンテーションの魅力に瞳を奪われている皆さんには,私の拙いイラストも予想以上の生命力を発し,その使命を果たせた。絵やイメージを媒体にして感性にダイレクトに訴える方法は,確かにインパクトは強い。しかし,イメージは浮遊しやすく危うい。その扱い方を間違えれば,暴走してしまう。私のイラストに,林先生の意図するところに沿う成果を生ませたのは,林先生のプレゼンテーション技術にほかならない。この時ほどスタッフとして同席できたことが誇らしく想えたことはなかった。他に発表された赤松先生,大学院生の真下さん,韓国から国費留学大学院生の廬京蘭さんは,いずれも流暢に英語を操れる人たちで,見事なプレゼンテーションを今も鮮明に記憶している。


 あぁ,今回のワークショップでは自分が発表しなければならない,しかも苦手な英語。意識まで湿気を帯びてくる。私は,何をするのにも時間がかかる。だから,この1週間はほとんど寝ていないのに,常に覚醒状態の意識が疎ましい。
 ワークショップ開催にあたり中心になって動いてくださったスヤニー先生が,迎えに来てくださった。懐かしい顔に少し安堵したが,自分に課せられた責任の大きさに壊れそうになる。午後,チュラロンコン大学でスヤニー先生に紹介していただき,学長や教授,先生方と名刺を交換し,丸暗記した自己紹介の英文を繰返す。英語がほとんどわからない自分にとっては,教授のお話は次第に子守り歌になり,縮こまった身体から僅かに残っていた意識が消え失せた。「谷口の自己紹介の声は聞こえない。姿勢も悪い。おまえ寝ていただろう。」と,林先生から注意を受ける。このときから,"重要な会でしかも大切な人の前で居眠りすること"を"タニグチル"と称することになり,同行したメンバーの口からたびたび聴くはめになってしまった。
 8月5日午前中,市内観光に出かけたが,情けない失態の記憶は消えない。
 夕刻からの歓迎会,ウドン先生とキングモンク工科大学でデザインを担当されている先生方とお話をした。"美術"という共通の専門分野と,僅かでも日本語が解る方々だったことが幸いして,身振り手振りを交えた英語で話題を繋ぐことが出来た。そして何よりも,相手の方々が私の拙い言葉を何とか受け止め,理解しようとしてくださった心遣いに負うところが大きく,今でも深く感謝している。
 明日のKMTLでのワークショップを前に,発表原稿は未完成。プレゼンテーションの練習すらできていない。眠れない夜は続く。
 私が発表する内容は,修士論文の"心象表現の発想を促すコンピュータ利用に関する研究"で,コンピュータを利用して,感情を色彩に投影したイメージ・トレーニングの報告だ。ワークショップに先立ち,日本教育情報学会で発表したものの英語版である。ワークショップに参加されるタイの方々に,日本の中学生と同じ表現活動を,実際にコンピュータを使って体験してもらうのが理想だが,日本語版のソフトウエアを使用しており,機器の互換性もない。OHPシートを使ったプレゼンテーションとなった。


 そこに,日本とタイの自然環境と文化環境の違いが大きく立ちはだかった。
 今回紹介するイメージ・トレーニングで日本の中学生は,"寂しい感情"から"秋・紅葉"や"冬"のイメージを抱いていた。しかし,タイは四季の移り変わりが無く,雪など決して降らない暑い国なのだ。雪の冷たさ,儚さ,色合いなどを実体験を欠いて理解してもらうにはどうしたら良いのだろう。言語表現だけで伝えられるほどの能力は持ちあわせていない…。
 日本の四季折々の風景を,同一のロケーションに限定した資料が欲しい。自分で撮影するとすれば最低1年かかる。写真集や絵葉書からスキャナで撮り込みOHPシートに仕上げたが,まだ不充分だ。日本独特の色彩感覚を紹介して解ってもらうためには,平安時代の色彩文化にさかのぼる必要があると想った。実物の着物や反物を用意するのは不可能だから雛人形の写真を,そして,手漉きの色和紙,手描き・手染めの千代紙を使って,日本人が季節や感情から連想する一般的な配色で色彩構成した作品を用意した。色彩や絵(写真)という視覚的メディアを介することで,言語の拙さを少しでも補えることを祈って。
 発表原稿の英文を,大学院の先輩である真下さんに添削修正してもらった。発音や言いまわしのポイントまで教えてもらったけれど,いざ林先生や赤松先生にプレゼンテーションの練習を観ていただく段になると,全身が震え,OHPシートを持つ右手を左手で捕まえていなければならなかった。予想される質問にも答えられず,具体的な回答方法を丁寧に教えていただいた。「本番で失敗しないために,練習は一杯失敗していいんだ。大きな声で,堂々と話しなさい。自信を持て!」という林先生の言葉に,また泣いてしまう。自分の部屋に戻り,鏡に向かって練習する。表情,アイコンタクト,身振り手振り,詰まれば始めからやり直し,目覚ましの音が朝を知らせた。


 8月6日,キングモンク工科大学でのワークショップ。幾多のアクシデントを次々に解決していく林先生や赤松先生の実践力に感服の連続。本当にこの人達はすごい人たちだ。 ここに参加されていた年配の女性陣(いずれも学識者と聞く)はインターネットに夢中。パソコンの画面に現われているのは,芸能,家庭菜園,旅行案内等の趣味のページ。発表している人のことを考えると悔しかった。自分の話しも聴いてもらえないだろうと想った。でも身体を乗り出した大学院生たちの,食い入るように発表者に集中している姿がある。自分の発表がこの良い雰囲気を流してしまったらどうしよう。不安に壊れそうになった。「色のことをもう少し教えてください」という質問を頂き,自分の発表に何らかの興味を持ってもらえたことを知る。でも英語での説明がむずかしいので,本当は質問して欲しくなかったのだが…。用意しておいた色和紙を使って,色の名前や彩度と明度について説明した,中学生にいつも教えている内容で。頷いている人がいる。色和紙を見て,色名を口に出して(タイ語と英語)言ってくれる人がいる。解ってくれたのかな?
 8月7日,精鋭メンバーで望むといわれたチュラロンコン大学でのワークショップ。
「精鋭=自分ではない。よって,発表は無し。」という図式は,「全員発表」にあっさりと消えた。原子力潜水艦に竹やりで向かっていくようなものだ,玉砕覚悟で…。


 林先生のアイコンタクトに支えられて何とか発表した。日本の四季,色和紙,色彩構成,生徒作品等に,頷いてくださる方々がいる。相づちを打ち合う方々がいる。嬉しかった。言葉では理解してもらえていないと想う。でも,発表を終えてから,「私も,雪が観たい。」と言ってくれたチュラロンコン大学の大学院生の言葉が宝物になった。
 赤松先生の発表がトリ。メモをとりながら,聞いている最中,林先生から恐怖の伝言メモが届く。『真下と谷口へ チュラロンコン大学の大学院生に対して,研究をすすめていく上で自分の体験談を,簡単に話せ!』うそ?!これだもんなぁ,今やっと終わったのに…。真白な頭で,辞書片手にOHPシートに英作,赤松先生の声が遠ざかる。隣に真下さんが座っていてくれたことを神に感謝する。あぁ赤松先生の発表が終わってしまう,何も聞けずに,次は…。林先生がマイクを持った。(来る!?)……林先生の総括のお話が続く……良い雰囲気で終わろうとしている…。陽炎のような微熱がつきまとう1日が終わった。
 日の目を見ることが無かったOHPシートの英作文は以下の通り。

  I was anxious about this workshop.
  Because, This opportunity of reading paper is my first experience.
  In my study, Prof.Hayashi taught me, important 3 points.
    1st, Learning by trial and error.
    2nd, To evaluate what I'm doing and thinking and feed back to myself.
    Last, To make much human-relation.

 数日の観光を経て8月8日,ラチャパット大学でワークショップ最終日。発表も3回目ともなると,皆プレゼンテーションが巧くなっているのに気付く。自信が個性を感じさせている。ところが自分は,相変わらず極度の緊張。まだまだ,原稿をこなすだけで精一杯。


 夜の反省会,涙が止まらない。ワークショップの準備中も,最中も,私はよく泣いた。
今までの自分は,石橋を叩いて叩いて,叩き過ぎて,通る前に石橋を壊していた。そんな自分が,叩くひまもなくつり橋の上に放り投げられた。つり橋は林先生が架けた。引き返すか,渡りきるか,さぁどうする?!「落ちるならばもろとも,向こう側を目指せ。」そんな声が聞こえた。何回も落ちそうになったけれど,仲間が傍にいた。このつり橋を無茶に揺らさないように,着いて行こう。渡る先や渡れるかどうかが問題じゃない。渡り方次第で橋は何にでも変わる。今,つり橋は,虹になった。

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