
私は平成10年の夏に,タイ南部のリゾート地で有名なプーケットにあるアヌバンプーケットスクール(公立小学校)を訪問しました。私が,タイのアヌバンプーケットスクールを訪問したきっかけは,前回に執筆した記事でお話ししたように,京都教育大学の林研究室に内地留学した際に,タイ・バンコクとプーケットの大学でのワークショップに参加したことです。私のほかにも内地留学の小学校の先生がおられ,アヌバン小学校(アヌバンプーケットスクール)の視察を楽しみにしていました。タイの小学校ではどんなことを教えているのか,子ども達の様子はどんなか,日本とどこが同じでどんなことが違うのか非常に興味がありました。

アヌバンプーケットスクールは,公立小学校ですが,設備が充実しており,制服もあり,一見裕福そうな子どもが多いです。外から見ると建物も大きく予想以上に立派でした。校門を入るとすぐに鮮やかな黄色の服を着た女性の副校長が迎えてくれました。副校長が4名いて,子どもの数はなんと約2000名だそうです。日本でも私の地元,丹後与謝地方ではないマンモス校です。幼稚園が2クラスあり,小学校は日本と同じ6年制です。応接室のようなところに通されて副校長先生方と挨拶を交わしました。部屋には国王の写真が飾られていました。出されたお茶菓子は,豆で作られていて,小さなりんごや豆の形で色鮮やかでかわいいものでした。ココナッツミルクの甘い味がしました。

最初は,案内してもらった部屋の隣の教室を視察しました。5年生くらいの子ども達で,英語の勉強をしていたようでした。私たちが教室に入るとみんな手を合わせて挨拶をしてくれました。屈託のない子ども達の笑顔はどこの国でも同じだなと思いました。内地留学の小学校の先生が代表で挨拶をしました。英語で紹介をしたのですが,どのくらい通じていたのかはよくわかりません。でも,自分の名前を"後藤(gotou)"と紹介すると笑いが出ました。タイの言葉では「ごめんなさい」という意味になるのだそうです。これで少し緊張気味だった子ども達も表情が柔らかくなりました。後藤先生が持っていっていた剣玉を見せてパフォーマンスをすると子ども達は大喜び。後藤先生が指名して剣玉に挑戦している子どもに大きな声援が起きました。言葉の壁はあっても表現の方法はいろいろとあり,コミュニケーションを図ることができるものだと実感しました。
次に幼稚園のクラスを視察しました。教室では小さな白いポロシャツの制服で地べたにねっころがって絵を描いている子や積み木で遊んでいる子,走り回っている子など日本と変わらない子ども達がそこにいました。誰が来たのかと不思議そうな顔をしてこちらを見ていました。教室の前に下駄箱があり,教室内は靴下のままです。きれいな教室で子ども達の写真が張られたりカラフルな飾り付けがしてあり,先生が教室経営に気を配っておられることがわかりました。
小学校の校舎に向かうと,まだ10時半ごろなのに低学年の子がもう廊下に並んで歯ブラシを持って給食の用意をしています。先生がきちんと並ばせたりして指示をしています。子ども達は給食を楽しみにしているのでしょうか,にこにことうれしそうです。林先生がビデオを向けると女の子達がキャーキャーといってはしゃぎながらビデオに映りに来ました。みんな気持ちがとても素直に表情や動作に出ます。だから同じ年頃の日本の子ども達よりも幼く見えます。
高学年の教室に行くと,まだ一生懸命勉強しています。給食は大きな吹き抜けの食堂を使います。何百人も一度に入れるのですが,2000人も子どもがいると一度に給食を食べられないので,低学年から順に給食を食べていくのだそうです。給食は3つぐらいの大きなアルミのバケツにおかずが入れられており,それを仕切りの入ったアルミの皿に一人分を入れていきます。私は低学年の給食の風景を見ました。教師がおかずのところに立ち,子どもがお皿を持って並んでいます。順番に並んでおかずを入れてもらって席に座っていく姿はかわいいものです。待っている間も私達が気になるのか隣の子と笑いながら何か話していました。
高学年でコンピュータ室で勉強している学年がありました。コンピュータ室は前を向いて並んだ机の上にたくさんのコンピュータが並び,狭い感じかしました。ちょうど日本の中学校でもたまに見られる形で,モニタの間から前を見ていました。タイ語なので何をしているのかはよくわかりませんでした。先生は前にいないでせまい机の間を回っては子どもの指導をしていました。高学年でも,子ども達の表情は素直でかわいらしく見えました。

タイに行く前の先入観では,文化の違いによって学校の様子も教える内容も全く違うと考えていました。でも私が見た様子では,言葉の違いや文化の違いがあっても教育という営みはそんなに大変わりするものではないと思いました。この小学校はプーケットでも裕福な学校であると思うのですが,そのせいなのかどうか,印象に残ったのは子ども達の素直で明るい表情や態度です。もちろん日本でも子ども達は素直で明るいのですが,どこか照れがあって自分をうまく表現できないことが多いと思うのです。妙に明るくはめをはずしてふざけてみたり,話しかけても友達と顔を見合わせてどうしていいかわからないような態度を取ってみたりします。あるいは人の後ろに隠れて,自分には話しかけないでというような態度を取ります。
でも,よく考えてみるとこれは日本の大人の態度がそのまま表れているのではないでしょうか。No.0でのタイ研修旅行記に書きましたが,私も急に自己紹介をしろと言われて「うわあ,目立たないように後ろに隠れよう。」としました。この間京都で行われたエデュテイメントのパーティでも,人の後ろへ後ろへと下がっていくうちにとうとう壁ぎわになってしまいました。もちろん,積極的に話しかけたりする人も多いのですが,日本人には私と同じように自己表現が苦手な人がまだまだ多いように思います。これから国際的な視野で考える子どもが育つためには,自分のよいところを積極的にPRしていく態度や人と人のつながりを大切にしようとする姿勢が大切だと思います。林先生によく「気配り」の話をされましたが,「気配り」というのは全面的に相手の立場に立つのではなく,自分も大切にしながら相手も大切にしようという姿勢だと思います。今の私に欠けていて,タイの小学校を訪問してさらに強く感じたのは「気配りができること」「自己表現できること」「人との友好的な関係を持てること」を大事に実践に生かしていきたいと思います。

先回に引き続き今回執筆していただいた宮崎先生は,今回の体験でタイの虜になってしまいました。風土、文化、習慣、食べ物など…・。しかし原点は,タイの人々との接触(コミュニケーション)を通して得たものだったと思います。私も、8年前国際協力の一環としてタイへ1年間赴任したのがきっかけです。当時はインターネットなどなく、得られる情報は一日遅れの衛星通信による新聞や、規制のかかったテレビ番組でした。(初めて赴任したとき、バンコクで,あのクーデターがあったのが今でも忘れられません)
今日,科学技術の親展により,インターネットや衛星通信を利用したテレビ会議システムによる遠隔授業ができる時代になりました。先回エデュテイメントフォーラム京都99で,遠隔授業を行った相手の小学校が、今回宮崎先生の行ったあのアヌバーン小学校です。この遠隔授業を通して、タイ・日本の子どもの国民性というものが明らかに異なる点に気づいた人も多かったと思います。それは,宮崎先生が述べているように、日本人の自己表現や伝達(プレゼンテーション)能力の欠如です。いくら良い教育メディアを駆使しても,教師側における課題意識を明確にした授業設計を考えなければ良い授業は成立しません。西之園先生が言われるように,これからの教師は支援プラス見えない監督としての力量が必要でしょう。また、八田先生が言われるように伝授的コミュニケーションの必要性や教師と学習者が共に新しいものを創っていく共創時代が21世紀です。そこでは、学習者が主体となりつつも、教師がいかに関わるか、いかに導くかが重要になってきます。系統主義や構成主義など,それぞれの理論も規範的アプローチとしては重要ですが,教師個々による経験的なアプローチや
学習者個々が実際に経験したアプロ−チを重視した授業づくりについて,試行を繰り返しながら教育実践に取り組んでいきたいものです。宮崎先生、がんばって下さい。(林 徳治)

情報教養研究会のホームページへもどる
このページの管理は、情報教教養研究会事務局が行っております。
e-mail : info@ica-j.org